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なんとなく考えてみた。


久しぶりの駄文であり長文です。

今回は、とある雅楽の曲名について、なんとなく考えていたことをつらつらと書き連ねてみたりします。



盛大にスルー可の方向なので、お時間のある方&興味のある方のみお付き合い下さいww


学術的裏付けは、多分無いと思います(汗





雅楽の曲に納曽利(ナソリ)という曲があります。
nasori2.jpg




この曲には舞があり、竜を模した装束を見に着けた舞人が二人で舞うものになります。





また、この舞は一人でも舞うこともあり、その場合は曲名を落蹲(ラクソン)と呼び変えます。



落蹲(ラクソン)という名前ですが、「落ち・蹲う(つくばう)」ということからも、この舞の所作に「伸び上がる」「屈む」「膝を折る」といった上下運動が多いことを表しているような気がします。




一人で舞う時と、二人で舞う時では曲名が異なるというのも面白い話ですが、漢字を読んで意味の通じる落蹲(ラクソン)と、意味が分からない納曽利(ナソリ)では名前の持つ性質が変わってきます。




では、納曽利(ナソリ)はどういった意味なのでしょう?


雅楽の曲名の由来にはいくつか種類があります。


①説話や伝説上の人物名等に由来するもの

②作曲されたとされる地域名に由来するもの

③舞人た出演者が持つ、その曲特有の小道具の名称に由来するもの

④作曲された時代の年号に由来するもの

そして最後に
⑤意味がよく分からないもの、です。




この大まかな分類からすると、納曽利は⑤に当てはまるのではないかと思います。




納曽利は「双竜舞」とも呼ばれたり、また漢字表記が「納蘇利」とされることもあります。

最初に、この点から考えてみます。





双竜舞とは見たままの姿であり、二匹の竜が舞い踊る様を言い表したものです。


一方、ナソリという名前の表記漢字が複数存在するということについては、漢字そのものではなく「発音される言葉(音)」の方に意味があると考えられます。





実は、この「曽利」「蘇利」を使う曲が、もう一つあります。





それは蘇利古/曽利古(ソリコ)という曲です。




最近のインターネットや、書籍等の資料を見ますと、区別するかのように「納曽利」「蘇利古」と書かれているものが多いように感じますが、漢字表記の点に限れば、実はどちらでもありえるようです。



これは、黒田節の原曲として有名な「えてんらく」という曲が、越天楽とも越殿楽とも書かれることと同じです。





話を戻しまして・・・。



この蘇利古(ソリコ)を調べてみると、舞人は「雑面/蔵面/造面(ゾウメン)」という紙や布で作られた特徴的な面を着けており、別名・竈祭舞とも呼ばれる。・・・といった説明が多いようです。
zoumen.jpg




ちなみにこの蔵面は、『千と千尋の神隠し』に出て来た神様のデザインにも使われており、ビジュアル的なインパクトは大きいと言えます。



そして面に加えてもうひとつ特徴的なものに、白楚(ずばい/ずばえ)と呼ばれる得物を持っている点が挙げられます。


この白楚は、持ち手から先端に向けて緩いカーブ形状をしており、その先端には長い毛が付いています。


蘇利古の曲名の由来については、「定かではない」という意見が大部分を占めているようですが(由来パターン⑤)、実はこの白楚のことを意味しているという説(由来パターン③)もあるそうです。





そこで「ソリコ=白楚」について考えてみたいと思います。
soriko.jpg


結論から言ってしまうと、何の根拠も無く棒状の道具を「ソリコ」と称することには少々無理を感じてしまいます。(無理な理屈を展開させている私が言えたことではないのですが・・・(汗)


そこで、日本語に於いて、小道具のことを「○○子」と呼びならわすことを考えてみたいと思います。

これについては、実際に、パッと思いつくだけでも「振り子(ふりこ)」、「呼子(よぶこ)」、「鳴子(なるこ)」、「背負子(しょいこ)」などの例を挙げることができます。



つまり、この「ソリコ」についても、道具の形状や役割から「○○子」と呼ばれたのではないかと考える方が自然だと思うのです。



もし、仮にそうであるとするならば、「ソリ」として考えられるのは、白楚の形状からして「反り」なのではないかと推測できます。

このことから、「ソリコ」とは「反り子(を持って舞う舞曲)」という意味になのではないかと思います。




蘇利古(ソリコ)が、竈祭(かまどまつり)の際に舞われた舞曲が原型であり、当の竈祭は中国由来の民間行事であるのだから、名称に日本語読みである「そり」が用いられるのはおかしいのではないか?ということは十分考えられます。

しかし、そもそも中国由来の漢字発音は音(オン)であり、そうであればむしろ反(ハン)と称するべきなのでしょうが、

①表記漢字が複数存在する点からして、文字そのものの意味ではなく、「ソリ」という発音に当て字されたと考えるべきであること

②雅楽曲の成立や伝来が奈良~平安時代であることから考えて、カタカナやひらがなが文字文化として定着する以前に楽舞が成立している可能性が高く、「ソリ」の発音言語が中国語ではない可能性が高いこと

③朝鮮半島経由でもたらされた右方(うほう)の高麗楽(コマガク)として系統付けられているが、当時の半島言語は漢字を元にしたものであると考えられること(ハングル語の成立は最近ですから)

④右方曲の中にも日本で作曲されたものも存在していることから(延喜年間に作られた延喜楽、長保年間に作られた長保楽など)、系統内の楽曲が必ずしも曲名や由来、楽曲などの全てが海外からもたらされているとは限らないこと

といった以上の点から、私は、ソリ=日本語の「そり」を意味し、ソリコとは「反り子」なのではないかと推察してみました。






ここに来て、ようやく話を最初に戻しますと、納曽利(ナソリ)の「曽利/蘇利(ソリ)」も、もしかしたら「反り」を意味している可能性があると考えることが出来るのです。




ではもし、納曽利(ナソリ)の曽利=反りであるとするならば、ここで言う「反り」とは何を指しているのでしょうか?



落蹲(ラクソン)の部分でも触れた、舞の所作に上下運動が多いことを意味するのでしょうか?

確かに、膝を折る所作と同じくらい、両腕を上に振り上げて伸びる所作も出て来ます。





納曽利(ナソリ)は双竜であり、その二匹は親子であるとも雌雄とも言われています。



日本語に「そりが合う/合わない」という言葉がありますが、これは刀と鞘の向きが違うと上手く収まらないということから、性質の違うもの同士の相性を表現しているといいます。

ちなみに、性質が同じもの同士の相性を言い表す場合は「馬が合う/合わない」と言います。

なので、人間関係の場合、異性間の関係を「そりが合う/合わない」、同性間の関係を「馬が合う/合わない」と言うのだそうです。



また、刀剣類の歴史を見ても、奈良時代から平安時代というのは直刀である「剣」から湾刀である「太刀」へと移り変わっていく時期なので、「そり」という言葉の扱いひとつだけを見ても、それほど時代や感覚的なタイムラグは少ないのではないかと考えられます。




ここまで強引かつ良いとこ取りで理屈を積み上げてきましたので、ここで、今回の結論として私は、納曽利(ナソリ)とは「反り(そり)をナ(納/無)する」という意味があるのではないか、と考えてみました。



人前で披露される芸能の性格として、舞台に上がった二人の舞人の息が合っていなければ、それこそ観客としては見られたものではありません。


しかし、その「二匹の竜の息が合っている様」を、「自ずと息が合っている」と捉えるのか、それとも「互いの性格的な反りを無くして(納めて)、積極的に息を合わせようとしている」と捉えるのとでは、大きく意味合いが変わってくるような気がします。


舞人の数がわざわざ二人であること、また一説にこの竜が雌雄であるとも言われることからも、「二人が互いに息を合わせている様を観るための舞曲」であると想像した方が、ただ漠然と観るよりも色々と楽しみが増えるのではないでしょうか?


また、そのように推察すると、番舞(つがいまい)とされる左方・蘭陵王(さほう・らんりょうおう)が、同じ竜面のモチーフでありながら、美貌の勇将をモデルにしていること(男性でありながら女性のような風貌を隠すために、わざわざ厳つい面を被っている=両性性を持っていること)から考えても、この二つの舞曲が番(つがい)であることの意味が更に深まるのではないかと思います。
sr-L005__.jpg





・・・といった様子で、今回は雅楽曲、納曽利(ナソリ)の名前の意味について考えてみました。






こじつけ的な部分や、少々強引な理論展開は否めませんが、こういった考察遊びもたまには面白いのではないでしょうか?


また、事の正否はともかくとして、「こんなこと考えているヤツが居る」ということや、それが切欠で雅楽や歴史に興味を抱いてくれる方が増えると、私としても嬉しく思います。





以上、長文にお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。










次こそは手作業するぞww





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